水巻町歴史資料館
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収蔵庫情報

史跡
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堀川切貫のノミ跡(ホリカワキリヌキノノミアト)

堀川は江戸時代に開削[カイサク]された八幡西区楠橋[ヤハタニシククスバシ]から洞海湾[ドウカイワン]まで全長12㎞の運河である。宝暦元~9年(1751~59)の堀川開削工事の中で一番の難所であった。この工事で吉田村車返[ヨシダムラクルマガエシ]~折尾村大膳[オリオムラダイゼン]にかけて硬い岩山を長さ456m、幅5.4m、高さ20mにわたって石工という専門技術者が9年間の歳月をかけて切貫いた。江戸時代の切通し区間をもつ運河の中では全国一長いもの。崖面に残る工具痕からは、矢[ヤ](くさび)やツルハシのような道具を使い石材を切り出していたことがわかった。開通後は周辺の田畑の水を潤し、物資の流通に貢献した。切り立った崖[ガケ]は屏風[ビョウブ]を立てたような風景とも表現され、観光地にもなっていた。また、平成17年(2005)の調査では、川ひらたの接岸施設[ゴガンシセツ]や石工[イシク]たちが刻んだと思われる「文」「三尺五寸」[サンシャクゴスン]などの線刻文字[センコクモジ]もみつかっている。令和元年(2019)10月に堀川全体が文化庁の歴史の道百選に選定された。

法量
数量
採集地・出土地・所在地吉田東3丁目地内
年代江戸
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